2007年4月24日 (火)

『星新一 一〇〇一話をつくった人』

ノンフィクションライターの最相葉月氏による、作家・星新一氏の伝記『星新一 一〇〇一話をつくった人』を読んだ。しばらく前に、朝日新聞の書評欄を見て本書の刊行を知ったのだが、事前の期待を裏切らない力作だった。

中学生時代、ご多分に漏れず新一氏のショートショートの愛読者だった私は、その後むしろ同氏のエッセイを繰り返し読み返すようになった。社会現象についての独特の視点が面白かったのだが、そこでしばしばほのめかされる「星製薬時代の苦労」が具体的にどんなものだったのかは、ずっと気になっていたのである。父親・星一氏の政治的経歴を個人的に調べてみたこともあったが、深入りする余力もなく、新一氏が亡くなった以上は詳細が明らかになることもないのだろうと思っていた。しかし、最相氏の仕事はまさにその部分に光を当てている。

父の死に伴い、24歳で負債まみれの星製薬を継いだ「親一」(本名)氏は、まもなく大谷米太郎(元大相撲力士、ホテルニューオータニの創業者)に社長の座を譲らざるを得なくなる。心理的に追い詰められた親一氏が、紆余曲折を経てSF作家に転進するに至る経緯を、第4・5章(「空白の六年間」「円盤と宝石」)は迫力を持って描き出している。その後作家となった新一氏は、憑かれたように「ショートショート一〇〇一篇」達成にむけて邁進していくが、その裏側には強烈な挫折感があったのではなかろうか。

病に苦しめられた晩年の描写を含め、本書の記述はいささか生々しすぎると感じる読者もいるかも知れない。しかし、新一氏の作品世界をより客観的に理解し、後世に伝えていくためには、今回最相氏が行った作業は不可欠だったと私は思う。新一氏の作品に触れられたことのない方にも、一読を薦めたい本である。

なお、新潮社のホームページに著者インタビューが掲載されているので、ご興味のある方はどうぞ。

*しばらく、個人的事情でブログの更新から遠ざかっていました。これから徐々に、ペースを取り戻して行きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

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2007年2月 4日 (日)

今さら、柳澤厚労相について。

柳澤伯夫・厚労相の「産む機械」発言が言語道断なものであることは、私が書くまでもないので、ここでは繰り返さない。

今回紹介したいのは、元代議士・白川勝彦氏のサイトで、騒動の前に記された文章である。かつて柳澤氏と極めて親しかった白川氏によると、「かつての彼は苦労人だけに政策に明るいだけではなく、理論に裏打ちされた人間味のある政策や考え方を大切にする政治家であった」。しかし、自公連立で「心が変わってしまった」彼に、白川氏は年賀状を出さなかったという。

http://www.liberal-shirakawa.net/tsurezuregusa/index.php?itemid=69

白川氏の炯眼に感心する反面、この記述にはいささかの違和感も覚える。単なる連立政権の組み合わせで、そこまで人間の考え方が変化することがあるだろうか?白川氏にはそのような面を見せなかっただけで、柳澤氏にはもともと今回のような発言をする思考回路があったのではないかと私は思う。

もうひとつ、白川氏の見解で気になるのが「苦労人だけに・・・・・・人間味のある政策や考え方を大切にする政治家であった」という部分である。やや素朴すぎる見方ではなかろうか。社会人の方なら思い当たるだろうが、「苦労人」イコール「人間味がある」人物とは必ずしも限らない。苦労の果てに、他者に対する抑圧的な態度を身につけてしまう人物もいる。苦学して東大→大蔵省キャリアというコースをたどった彼は、残念ながら後者のタイプだったのではないだろうか。

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2007年1月31日 (水)

信頼関係とは?

疲労がたまっていたので、今日は1日、有休で自宅静養中。このところ少々風邪気味でもあったし、職場でも研修その他でバタバタしていたが、本業そのものは比較的順調である。疲労の原因は別のところにある。

このところ、親しかったある人との間が、些細なきっかけでうまくいっていない。こちらとしては、信頼関係を裏切るようなことは何もしたり、言ったりしていないと思うのだが、無意識のうちに相手を傷つけていたのだろうか?とりあえず、頭を下げる以外に、何もできることがないのが辛い(私はあまり、この種の経験が多い方ではない)。

「ほとぼりが冷めるのを待て」と言ってくれる人もあるが、果たしてそれでよいものかどうか。私なりにその人のことを心配していることが、相手に伝わるよう祈るばかりである。

*朝青龍や、その他の上位力士の「八百長疑惑」について、相撲協会による事情聴取が一巡りした。案の定と言おうか、協会は法的手段に踏み切ることを躊躇しているようだ。「八百長」記事の筆者・武田頼政氏は経験ある相撲ジャーナリストであり、根拠のない記事を書き散らす人ではない。協会の自浄能力に期待するのは「ないものねだり」なので、本来は他のメディアや相撲専門誌が疑惑の究明に乗り出すべきなのだが・・・。

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2007年1月18日 (木)

大相撲初場所雑感

今日は、年明けの土曜出勤の代休で在宅。いろいろ私用がたまっていて多忙だったが、午後はBSで相撲観戦ができた。実質的には、完全な朝青龍の独走態勢となっており、率直に言って面白みには欠ける。

実は一昨日の火曜日、午後に休みを取って、両国国技館の椅子席で初場所10日目を観戦した。国技館に到着したのが午後4時頃だったので、残念ながら幕内の取組しか見ることができなかったが、館内の実情を観察できたのは興味深かった。平日とはいえ、マス席にもいくつかの空席が見られたのは、相撲人気の「回復」が危ういものであることを示していると思う。率直に言って、上位陣の相撲内容が現在のような「マンネリ状態」では、一時の琴欧洲・白鵬ブームで復活した人気も消え去ってしまうだろう。

それに引き換え、幕内下位・十両のベテラン力士の健闘は賞賛すべきものがある。負けが込みつつあるとはいえ、一時は優勝争いのトップに立った玉春日はその典型だろう。あえて個人名は挙げないが、素質をもてあましている若手・中堅力士たちの奮起を促したい。

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2007年1月13日 (土)

中村紀洋バッシング

オリックスの中村紀洋選手が、泥沼化した契約更改交渉の末、退団に追い込まれた。ネット上では、中村選手の過去・現在の言動について非難の集中砲火が起きている。しかしこうした非難は、オリックスという組織の問題点に目を塞ぎ、個人に責任を転嫁する「弱いものいじめ」と思えてならない(断っておけば、私は特に、中村選手の個人的ファンではない)。

オリックス側の野球協約無視といった問題点については、「たわしのBlog」の以下の記事に詳しいので、ぜひご一読を。http://blog.livedoor.jp/tawashi_osaka/archives/51282712.html

私が今回の経緯を見て感じたのは、中村選手はオリックスの巧妙な「リストラ」策に引っかかったのではないかということである。組織が「リストラ」を行う際、プライドが高い人物を怒らせて、「自主的に」退職するよう仕向けることは珍しくない。中村選手に対して行われた、野球協約の下限を超える減額提示(2億円→8000万円)は、まさに彼を「怒らせる」ことを目的になされたものではなかったか。そして、中村選手は見事その通りに反応してしまい、退団に追い込まれることになった。

しかし不思議なことに、世論の反応は、彼に対する「仕打ち」に同情するどころか、中村選手の「わがまま」を非難するものが圧倒的に多い。実際には、今回のような労使交渉が社会的に容認されることになれば、それは一般企業の経営者によっても即座に「真似される」ことになってしまうのに・・・。「中村紀洋バッシング」は、異端者を受け入れる寛容さを急激に失いつつある、今の日本社会を象徴している気がしてならない。

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2007年1月 8日 (月)

「国策捜査」論者のきな臭さ

昨今、鈴木宗男氏の外務省における「子分」で、「ラスプーチン」との異名もある佐藤優氏の活躍が華々しい。明らかに保守派の論客にもかかわらず、『創』『週刊金曜日』といったメディアにまで進出するに至っている。国家によるスパイ活動の意義を積極的に評価するこの人物が、左派・リベラル派の陣営からも人気を勝ち得ているのは、いささか異様と言わざるを得ない。

佐藤氏は、自らに対する検察の捜査を「国策捜査」であったと主張している。この「国策捜査」という言葉は一種の流行語となり、宮崎学・魚住昭といった論者も好んで用いている(たとえば、対談「検察国家日本を斬る」参照)。彼らによれば、ライブドア事件や、耐震偽装事件に対する捜査も「国策捜査」にあたるという。

しかし、ライブドア事件における野口氏の変死について宮崎氏が「自殺」説を唱え、かのリトビネンコ氏の変死について、佐藤氏が「プーチン犯行説」を否定している(「佐藤優の地球を斬る」参照)のを見ると、彼らが意図的に「偽情報」を拡散させているのではと勘繰りたくなる。両氏の主張は、それぞれ、自民党森派とロシア政府を明らかに利するものであった。

考えてみると、「国策捜査」という用語を用いれば、政治家に対するあらゆる汚職追及を「検察の横暴」として退けることが可能である。その意味で、見かけの「反体制的」な印象と異なり、「国策捜査」とは保守政治家にとって都合の良い「便利な」用語と言える。今後も、佐藤・宮崎氏ら「国策捜査」論者の活躍については、批判的に注視したいと思う。

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2007年1月 6日 (土)

仕事始めの週

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。地味なブログですが、今年もよろしくお願いします。

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今週は4日が仕事始めで、今日も土曜出勤だったが、年末年始のシステム改修が不調で波乱含み。2007年も、前途多難を予想させる幕開けであった。

終業間際に、お世話になっている元上司のデスクを訪問。新年の挨拶をする。いつも通り、他愛もない話に打ち合ってくれたものの、どうやら今春は異動となりそうな口ぶりである。勤勉無比な女性だけに、おそらく栄転となるのだろうが(ならなければ不公平)、部署・立場によっては今までのように気軽には話せないかも知れない。そろそろ精神的に「自立」しなければなあ・・・・・・と思いながら帰路についた次第である。

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2006年12月29日 (金)

新年に向けて。

先週1週間、ノロウィルスのため自宅静養する羽目となったのだが、どうにか回復し、昨日(28日)無事仕事納めを迎えることができた。不本意な異動など、良からぬ出来事が多かった1年を象徴するかのような、ノロウィルス感染であった。

2007年はこのような流れをせき止め、自分にとって良い1年にしたいものである。ちょうど、1月から職場の研修で、英会話の「上級」コースを受講できることになった(病休直前に、受講希望者用のテストを受験したところ、なぜか「上級」認定されてしまったのである)。折角の機会なので、真面目に取り組んで今後に生かしたいと、柄にもなく殊勝なことを考えている。

並行して、大学院での研究も進展させなくてはならないのだが、さてどうなるやら・・・。

最近読んだ本:ジョシュア・ギルダー、アン=リー・ギルダー著『ケプラー疑惑』(地人書館、2006年)。ケプラーは、先輩研究者のティコ・ブラーエを毒殺して、その研究成果を流用したのではないかと指摘する本。なかなか面白い。

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2006年12月21日 (木)

「意地悪ばあさん」の死を悼む

青島幸男氏が亡くなった。長年、同氏に好感を抱き続けてきた私としては、悲しいニュースだった。追悼報道はおおむね、「政治家」ではなく「タレント」としての青島氏に高い評価を与えている。しかし私は、同氏は骨の髄まで「政治家」であったと思う。

「一匹狼」として権力批判の活動を貫いた、「参議院議員」としての24年間こそ、青島氏が最も輝いていた時間であった。まるで地震計のように「庶民の心」を感知し、それを代弁できる才能は稀有のものだった。その後、行政官(都知事)となってその輝きが曇ったとはいえ、昨今のタレント議員や自称「改革派」政治家と違って、自民党に出たり入ったりするようなことは最後までなかった。小会派「第二院クラブ」の政治家として、最低限の節は守り通したのだ。

私の印象に強く残っているのは、最後の選挙となった2004年の参院選で、30年ぶりに街頭演説に打って出て「反戦」を訴えた青島氏の姿である。そこには時代状況への危機感もあっただろうが、それ以上に「参議院議員」復帰への執念を強く感じた。だからこそ、約60万票を得ながら落選した結果へのショックは大きかったに違いない(当時の記事が示すように)。

残念ながらこの10年間で、日本社会には、かつての青島氏や市川房枝氏のようなタイプの政治家を、正当に評価できる余裕がなくなってしまった。青島氏の「ライバル」・石原慎太郎氏に象徴されるように、権力主義的な政治家であればあるほど世論からバックアップが与えられる。青島氏の死は、「反骨心」「少数意見」がそれなりに尊重されていた、「古きよき時代(=戦後民主主義)」の終わりの象徴なのである。

青島氏のご冥福を心から祈りたい。

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2006年12月14日 (木)

「戦後の終わり」、でも日常は続く。

教育基本法「改正」と、防衛庁の「省」への格上げが共に国会で成立しようとしている。戦後の自由主義体制に嫌悪感を抱いてきた勢力の、長年の願いが達成されつつある「歴史的瞬間」である。しかしこうした中でも、意識の中心が職場のゴタゴタに向かってしまうのが歯がゆい。

今日は、昨年まで同じ部署で仕事をした仲間と、組合関係の相談もあってお昼を共にした。彼は今でもその部署に在籍しているのだが、私がいた頃の和やかな雰囲気は薄れてしまっており、組合活動にも支障が生じているようだ。そのことは薄々感じてはいたものの、当時の上司・同僚とは今でも親しく交流しているだけに、何とも複雑な気持ちになった。組織全体に余裕がなくなっているということだろう。

おそらく、日本中の多くの職場で似たような光景が繰り広げられているのだろうが、その結果として人々が「政治的無関心」に陥るとすれば、権力者にとって願ってもない話である。無力な国民が心理的に追い詰められる中、政治家はそれを利用して、自らの目的を着々と達成しているのが実情ではなかろうか。自戒をこめて指摘したい。

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