「国策捜査」論者のきな臭さ
昨今、鈴木宗男氏の外務省における「子分」で、「ラスプーチン」との異名もある佐藤優氏の活躍が華々しい。明らかに保守派の論客にもかかわらず、『創』『週刊金曜日』といったメディアにまで進出するに至っている。国家によるスパイ活動の意義を積極的に評価するこの人物が、左派・リベラル派の陣営からも人気を勝ち得ているのは、いささか異様と言わざるを得ない。
佐藤氏は、自らに対する検察の捜査を「国策捜査」であったと主張している。この「国策捜査」という言葉は一種の流行語となり、宮崎学・魚住昭といった論者も好んで用いている(たとえば、対談「検察国家日本を斬る」参照)。彼らによれば、ライブドア事件や、耐震偽装事件に対する捜査も「国策捜査」にあたるという。
しかし、ライブドア事件における野口氏の変死について宮崎氏が「自殺」説を唱え、かのリトビネンコ氏の変死について、佐藤氏が「プーチン犯行説」を否定している(「佐藤優の地球を斬る」参照)のを見ると、彼らが意図的に「偽情報」を拡散させているのではと勘繰りたくなる。両氏の主張は、それぞれ、自民党森派とロシア政府を明らかに利するものであった。
考えてみると、「国策捜査」という用語を用いれば、政治家に対するあらゆる汚職追及を「検察の横暴」として退けることが可能である。その意味で、見かけの「反体制的」な印象と異なり、「国策捜査」とは保守政治家にとって都合の良い「便利な」用語と言える。今後も、佐藤・宮崎氏ら「国策捜査」論者の活躍については、批判的に注視したいと思う。
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