2007年1月31日 (水)

信頼関係とは?

疲労がたまっていたので、今日は1日、有休で自宅静養中。このところ少々風邪気味でもあったし、職場でも研修その他でバタバタしていたが、本業そのものは比較的順調である。疲労の原因は別のところにある。

このところ、親しかったある人との間が、些細なきっかけでうまくいっていない。こちらとしては、信頼関係を裏切るようなことは何もしたり、言ったりしていないと思うのだが、無意識のうちに相手を傷つけていたのだろうか?とりあえず、頭を下げる以外に、何もできることがないのが辛い(私はあまり、この種の経験が多い方ではない)。

「ほとぼりが冷めるのを待て」と言ってくれる人もあるが、果たしてそれでよいものかどうか。私なりにその人のことを心配していることが、相手に伝わるよう祈るばかりである。

*朝青龍や、その他の上位力士の「八百長疑惑」について、相撲協会による事情聴取が一巡りした。案の定と言おうか、協会は法的手段に踏み切ることを躊躇しているようだ。「八百長」記事の筆者・武田頼政氏は経験ある相撲ジャーナリストであり、根拠のない記事を書き散らす人ではない。協会の自浄能力に期待するのは「ないものねだり」なので、本来は他のメディアや相撲専門誌が疑惑の究明に乗り出すべきなのだが・・・。

| | トラックバック (1)

2007年1月 6日 (土)

仕事始めの週

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。地味なブログですが、今年もよろしくお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今週は4日が仕事始めで、今日も土曜出勤だったが、年末年始のシステム改修が不調で波乱含み。2007年も、前途多難を予想させる幕開けであった。

終業間際に、お世話になっている元上司のデスクを訪問。新年の挨拶をする。いつも通り、他愛もない話に打ち合ってくれたものの、どうやら今春は異動となりそうな口ぶりである。勤勉無比な女性だけに、おそらく栄転となるのだろうが(ならなければ不公平)、部署・立場によっては今までのように気軽には話せないかも知れない。そろそろ精神的に「自立」しなければなあ・・・・・・と思いながら帰路についた次第である。

| | トラックバック (0)

2006年12月29日 (金)

新年に向けて。

先週1週間、ノロウィルスのため自宅静養する羽目となったのだが、どうにか回復し、昨日(28日)無事仕事納めを迎えることができた。不本意な異動など、良からぬ出来事が多かった1年を象徴するかのような、ノロウィルス感染であった。

2007年はこのような流れをせき止め、自分にとって良い1年にしたいものである。ちょうど、1月から職場の研修で、英会話の「上級」コースを受講できることになった(病休直前に、受講希望者用のテストを受験したところ、なぜか「上級」認定されてしまったのである)。折角の機会なので、真面目に取り組んで今後に生かしたいと、柄にもなく殊勝なことを考えている。

並行して、大学院での研究も進展させなくてはならないのだが、さてどうなるやら・・・。

最近読んだ本:ジョシュア・ギルダー、アン=リー・ギルダー著『ケプラー疑惑』(地人書館、2006年)。ケプラーは、先輩研究者のティコ・ブラーエを毒殺して、その研究成果を流用したのではないかと指摘する本。なかなか面白い。

| | トラックバック (1)

2006年12月14日 (木)

「戦後の終わり」、でも日常は続く。

教育基本法「改正」と、防衛庁の「省」への格上げが共に国会で成立しようとしている。戦後の自由主義体制に嫌悪感を抱いてきた勢力の、長年の願いが達成されつつある「歴史的瞬間」である。しかしこうした中でも、意識の中心が職場のゴタゴタに向かってしまうのが歯がゆい。

今日は、昨年まで同じ部署で仕事をした仲間と、組合関係の相談もあってお昼を共にした。彼は今でもその部署に在籍しているのだが、私がいた頃の和やかな雰囲気は薄れてしまっており、組合活動にも支障が生じているようだ。そのことは薄々感じてはいたものの、当時の上司・同僚とは今でも親しく交流しているだけに、何とも複雑な気持ちになった。組織全体に余裕がなくなっているということだろう。

おそらく、日本中の多くの職場で似たような光景が繰り広げられているのだろうが、その結果として人々が「政治的無関心」に陥るとすれば、権力者にとって願ってもない話である。無力な国民が心理的に追い詰められる中、政治家はそれを利用して、自らの目的を着々と達成しているのが実情ではなかろうか。自戒をこめて指摘したい。

| | トラックバック (0)

2006年11月30日 (木)

消えゆく「現場仕事」

今日は多忙な1日だった。窓口業務の間に、トラブル対応や組合の会議が入り、さらには緊急の係ミーティングと、ろくに食事をする暇もなかった。

ミーティングの議題だったのが、人員削減を目的とした業務の「外注化」である。出席者としては、基本的に反対する方向で一致したのだが、実際のところ「組織の意思」は既に決定済みのようである。結局のところ、「人減らし」が至上命題で、業務効率などは二の次・三の次ということなのだろう。

外注化が検討されている業務は、上層部から「現場仕事」とみなされているのだが、実際には専門性の高い業務も多い。他の部署でも似たようなことが計画されており、私が従事してきたか、今後従事したいと思っていた仕事が消え失せようとしている。「現場仕事」にそれなりの誇りを持ってきた者としては、空しい限りである。

際限のない外注化は、職場に新たな「身分社会」を作り出すだけである。正規雇用者は現場から切り離され、「上」の立場から業者に指示を出す。たとえ同じ部屋で仕事をしていても、両者が対等な目線で顔を合わせることはない。日本中の職場でこうした光景が繰り広げられてきたことが、差別意識の強化・再生産につながってきたのではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月14日 (火)

良いニュースと悪いニュース。

今日は、良いニュースと悪いニュースがあった。まず良いニュースの方から。

朝出勤すると、元上司の女性からメールが来ていた。大病院で何か検査を受けたことは聞いていたが、その結果がこのほど出て、問題なかったとのこと。私としても気になっていたので、正直ホッとした。後で雑談しに行ったが、明るい表情が戻っていて何よりであった。真面目に働き過ぎる人だけに(それを他人に強要しないところが尊敬できるのだが)、今後は体に気をつけて欲しいものである。

一方、悪いニュース。たまたま、前の部署でお世話になった取引先の方と、出くわして立ち話する機会があった。ところが、私の後任の方が最近「休んでいる」という。寝耳に水だったので、他の人にも聞いてみたところ、どうも体調を崩されているらしい。精神的なものか肉体的なものかは不明だが、異動から間もないだけに心配である。前の部署は、私の在職中も複数の方が辞めていったが、やはり体質に問題があるのだろうか・・・。

いずれにしても痛感するのは、組織は個人を守ってくれないということである。たとえ激務で体調を崩した者であっても、その不利益を「自己責任」として引き受けなければならないというのが、今の日本社会だ。自分の健康は自分で守るしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 2日 (木)

風邪でダウン。

10月期の異動から1ヶ月がたち、公式・非公式の歓送迎会ラッシュも一段落したところで、風邪で発熱してしまった。週末の予定もあったのだが、キャンセルすることになりそうだ。

新しい課の仕事内容は、窓口及び電話での「お客様対応」が中心で、それほど残業が多いわけではない。ただ時間内は緊張を強いられるし、完全主義の先輩がいて、人間関係に気を使う。そして何より、達成感が希薄である。日常業務にはおおむね慣れたつもりなのだが、無意識に心身の疲労がたまっていたのだろう。

本業と掛け持ちしている大学院のドクターコースは、入学して3年半になる。ここ1~2年が正念場なのだが、ここ半年ほどは本業絡みで波乱が多く、思うほど研究に集中できていない。そろそろ気を取り直して勉強しなければ・・・・と気が焦るが、とりあえずは体調回復に専念せざるを得まい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月30日 (月)

組織の病理

今の職場に就職して5年目になるが、遅まきながら、組織の病理というものを実感しつつある。

どの組織にも「非公式な意思決定機構」がある。下世話な言葉で言えば「派閥」である。働き始めてしばらくの間は、そのような「派閥」が存在することさえ知らず、目の前の仕事を覚えることに集中できるものである。

しかし、どの組織にも「人事」というものがあり、それをきっかけに、「派閥」の存在に気付く機会も出てくる。その結果、「派閥」から排除されているために不当な処遇を受けていると感じた者は、スポイルされ「不満分子」となってしまう。一方で、「派閥」の存在など頓着せず組織のために尽くす者も多いが、往々にしてそうした忠誠は裏切られる(極端な場合、過労死など)。結果として、「派閥」はますます大きな力を獲得することになる。こうした構造が見えてしまうと、労働意欲は減退してしまうが、社会科学を研究する者として(?)、これも経験だと考えるようにしている。

折しも、先日食事したばかりの元上司が、体調不良で検査を受けるという。清廉潔白に組織のため尽くしてきた方なので、悪い結果とならないのを祈るばかりである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年10月25日 (水)

先輩たちとの食事

今日は昼・夜とも、1年半前まで在籍した課の先輩との食事だった。私がこの10月で再異動となったこともあり、それぞれ席を設けてくれた次第。

昼は、元上司の女性と職場近くの店に。私としては恐れ多いくらいのワーカホリック、かつ綺麗な人なのだが、なぜか親切にしてくれる。結局おごってもらうことになり、恐縮。夜はうって変わって、50代のおじさん3人と飲み。多くの若手からは、昨日書いたような意味で敬遠されている人たちである。仕事の愚痴で怪気炎を上げ、結局、帰宅は11時半となってしまった。

10月の異動が本意でなかったこともあり、考え込んでいたのだが、先輩たちの気遣いに応えるためにも気を取り直さねば・・・と思いつつこの文章を書いている。とりあえず、明日のために寝よう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月23日 (月)

「世代間対立」の不毛

勤務先で、世代が自分と同じか、それより下の若い仲間と飲むことがある。そうした機会にかなりの頻度で出るのが、「仕事をしないベテラン」への不満である。私などは、そうした「ベテラン」の方とおおむね仲が良いので返答に窮してしまう(自分がそれほどの「仕事」をしている自信もないし)。

たしかに、「給料相応の仕事をしてくれ」という不満には一理あるかもしれない。ただ不思議なのが、そうした不満が「管理職」に対してではなく、「ヒラ」の先輩に対して向けられることだ。管理職の方が、彼らの非難する「ベテラン」よりも、遥かに良い待遇を受けているのに。やはり、無意識のうちに、立場の弱い者へ怒りの矛先を向けてしまうのだろうか。

「格差社会」が問題化している今、若い世代からは「団塊の世代」や「バブル世代」への怨嗟の声も聞かれる。しかしそうした怨嗟は、「格差社会」を今まさに作り出している、政治的・経済的権力者に対してこそ向けられるべきではないだろうか。そして、未だに若い世代の同情を集めている堀江氏などは、間違いなくそうした「権力者」の一員だったのである。もちろん、安倍首相についても全く同じことが言えよう。

不毛な「世代間対立」的発想にだけは、陥るまいと思う今日この頃である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月22日 (日)

ブログ開設。

社会人大学院生のAKIOです。突発的に、ブログを開設することにしました。

最近いろいろと煮詰まり気味なので、自分の置かれた状況を客観視するために、少しずつ書いていければと思います。

個人的なことを中心に、余裕があれば、政治などの話も。

よろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)